2017年8月3日木曜日

【私のアトピー治療記10】保湿と乾燥のメリットデメリットの巻(後編)



こんにちは。
mitinecoです。

今回は後編記事です。

前編のほうには幼少期のアトピー(アトピー性皮膚炎)の経験と保湿について、後編では大人になってから再発したアトピーの治療と乾燥のメリットについて紹介します。

前編をご覧になりたい方はこちらからどうぞ。





|社会人でアトピーが再発して苦しんだこと

アトピーについてよく言われているのは「子供のアトピーは自然と治るけれど、大人のアトピーは治らない」ですね。

はっきり言いますがアレは誤解です。

治した経験から言えば、アトピーの原因は生活環境(食事、運動、睡眠、ストレス)にあります。

子供の場合には学校、クラス、席、遊ぶ友達、色んなことが成長とともに変わります。流行りや食べものの好みも年齢とともに変化していくため、生活環境などの原因が解決されればアトピーが治ります。

大人の場合には、問題のある仕事場で逃げ場もなければどんどんアトピーが悪化していきます。これなら、部署変えや転勤で解決することもありますが、酒などの食の好みについては変わりにくいです。

これらの関係上、子供に比べて大人のアトピーは治りにくいのです。



私の場合には、子供の頃には「食事の好き嫌い」「運動のやり過ぎ」「睡眠不足」から、なかなかアトピーが治りませんでした。

それが大学受験のときに記憶力を高めるために睡眠時間が増やし、運動量も減り、生活の変化から食の好みも改善したことで、アトピーが治りました。

大学生活のうちも、睡眠不足はあいかわらずでしたが、バイト生活のおかげで運動量は落ち着いていたため、肌のほうも良好でした。



しかし、フィットネスクラブで働くようになってから状況は一変しました。

こちらは私のツイッターへの投稿をまとめた記事です。「キッカケ2(20ツイート目から)」に社会人になってからアトピーが再発した経緯が書いてあります。


生活環境の変化と、性格に問題のある上司からのストレスをきっかけにアトピーが再発してしまいました。

ストレスから甘いものが食べたくなり、毎日のようにお菓子を食べていたりと、食生活のほうも同時に悪化していきました。

運動量もやや多かったかもしれません(苦笑)



そして、これに追い打ちをかけたのが皮膚科です。

私は地元ではなかったため、ネットや周りの知り合いから評判の皮膚科に行きました。

私の感想は、幼少期に頼りにならなかった皮膚科の先生たちの中で多少説明ができる部類。といった感じでした。

病気と薬についての知識と、体の洗い方などのちょっとした注意点は知っているようでしたが、食べものや生活のストレスについてはあまり詳しくなかったようです。

これだけなら普通なのですが、自身の皮膚治療にとても自信があったようで、基本的に私の話しを聞き入れてくれませんでした。

1週間、遅くても2週間で効果が出るはずと言われた薬で、1週間目にあまり効果が出なかっただけではなく、薬を使用したら火照りとかゆみが止まらなくなったので、この理由とともに1週間目にこう伝えました。

私「薬が体に合わないから変えて欲しい」
医「この薬は最初は体が火照りやすいから問題ない、もう1週間続けましょう」

2週間目は、先週の引っかき傷のせいで火照りがさらに酷くなり

私「火照りがひどくて、かゆみでほとんど寝られません」
医「かゆいのは我慢してください」
 「どうしてもと言うなら、別の薬にしますけれど(怒)」

1ヶ月で症状はひどく悪化して、その後の数ヶ月は、どの薬を塗っても効果を感じなかったので、保湿剤だけを毎月2~3万円分使用していました。

保険のおかげで1本千円もしない保湿クリームなどを、ひと月で2万円分、約1日1本ペースですね。どう考えても異常ですよ。。。



|ひどい大人アトピーの治し方について


眠ってしまうと血だらけになってしまうため、恐怖で寝られなくなり、夜には毎日必死に調べ物をするようになりました。

そして、私と同じような状況から治す方法について、2つ代表的なものがあることが分かりました。

1.ステロイド薬をたっぷり塗る方法
2.ステロイド薬などのアトピーの薬を断つ方法。

「脱ステ」「脱ステロイド」で調べるとどちらも出てくるのですが、ステロイド薬を使うか使わないかの違いです。



【薬を使う場合】

・肌が治ってからも数週間は薬を塗ること
・アトピーの部分だけでなく周りにも薬を塗ること
・保湿をすること
・食生活の改善

皮膚が治ってからも深層の皮膚細胞の炎症は治っていないため、2~3週間は最低でも薬を使用するのが重要です。さらに、傷の周りにも見えていない炎症があるので、薬は広く塗る必要があります。

皮膚の再生力を高めるために保湿はきちんと行います。

食事は、高タンパク高食物繊維を意識して、肉とキャベツなどの葉物野菜を多くとります。



【薬を使う場合】

・薬を塗らない
・保湿もしない
・食生活の改善

脱ステロイドは薬はもちろん使いませんし、基本的には保湿剤も使いません。

ステロイド薬の過剰摂取によって、体内で分泌されるステロイドホルモンが少なくなっているのを、薬を断つことで無理やし直します。

食生活は、もう一方と同じく肉野菜を多くとります。



脱ステロイドは最後の手段だと言っても過言ではないものです。

ホルモンの分泌量は一朝一夕で戻るものではなく、皮膚がボロボロの期間がしばらく続きます。

私も脱ステ開始から1週間ほどで、肌はひび割れでバキバキのゴーレムみたいな状態になりました。

最初はものすごく痛いのですが、3週間もすると深層部分が保護されるのか、痛みはほとんどなくなります。

しかし、見た目は相変わらずボロボロのままです。私も長いことボロボロの肌で生活しました。

私の皮膚が改善してきたのは、だいたい半年ほど経った頃です。ずっとボロボロだった皮膚に、少しだけ状態の良い場所ができてくるのです。

その後、少しずつ良くなっていき、だいたい9ヶ月でステロイド薬で回復していた肌並みに、1年間で健康な人の肌みたいになりました。

言い方を変えると、9ヶ月間はひどい肌で生活していました。最初の3週間は常に痛みがあり、3ヶ月まではヒビ割れに刺激があれば痛みます。



脱ステでアトピーを治した私ですが、保湿剤でかゆくならないレベルならば、食事を直して、ステロイド薬を正しく塗る方法で治したほうが良いと思っています。



|乾燥のメリットについて


脱ステを選ぶほど肌がひどくなっている人は、まず間違いなく皮膚の炎症が激しいです。

このひどい炎症と、ゴツゴツした肌荒れがあるとき、保湿剤のデメリットが現れます。

ゴツゴツした肌になると皮膚の表面積が増えます。そこに炎症による高温状態と、保湿による環境が揃うことで、黄色ブドウ球菌という菌が増えすぎてしまうことがあります。



この黄色ブドウ球菌は普段から肌表面にいる菌なのですが、異常に増えるとかゆみを引き起こす特徴があるのです。

そして掻きむしってしまうと、ますます炎症が悪化して、負のスパイラルに陥ってしまうわけです。

こういう状況では保湿で治すことが難しく、保湿剤と混合になっているステロイド薬も同様ですし、単体のステロイド軟膏では塗りにくくて肌に負担をかけてしまうのです。

肌を乾燥させるメリットは、黄色ブドウ球菌によるかゆみを無くすことができることです。



|脱ステロイドを経験してみて感じたこと


脱ステロイドは最後の手段だと言っても過言ではないものです。

ホルモンの分泌量は一朝一夕で戻るものではなく、皮膚がボロボロの期間がしばらく続きます。

私も脱ステ開始から1週間ほどで、肌はひび割れでバキバキのゴーレムみたいな状態になりました。

最初はものすごく痛いのですが、3週間もすると深層部分が保護されるのか、痛みはほとんどなくなります。

しかし、見た目は相変わらずボロボロのままです。私も長いことボロボロの肌で生活しました。

私の皮膚が改善してきたのは、だいたい半年ほど経った頃です。ずっとボロボロだった皮膚に、少しだけ状態の良い場所ができてくるのです。

その後、少しずつ良くなっていき、だいたい9ヶ月でステロイド薬で回復していた肌並みに、1年間で健康な人の肌みたいになりました。

言い方を変えると、9ヶ月間はひどい肌で生活していました。最初の3週間は常に痛みがあり、3ヶ月まではヒビ割れに刺激があれば痛みます。



脱ステでアトピーを治した私ですが、保湿剤でかゆくならないレベルならば、食事を直して、ステロイド薬を正しく塗る方法で治したほうが良いと思っています(笑)

脱ステで唯一よかったと思っていることは、薬や保湿をできなくて肌が荒れた状態を誤魔化せないため、周りの人に私がアトピーで困っていることが一目でわかることです。

心配して民間療法や半端な知識を教えられることもありますが、皮膚科や薬についての情報が色々な人から教えてもらえたのは有難かったです。

おかげ様で、脱ステをするにあたりとても心強いお医者様に出会うことができました。



|信頼できる皮膚科に出会ってよかったこと


私のボロボロの肌を心配してくれた人が「新しくできた皮膚科だけれど、すごく知識のある先生がいるところがあるよ」と教えてくれました。

数々の経験で皮膚科を信用していなかった私ですが、半信半疑で伺ってみることにしました。

まだあまり有名ではなかったその頃でも、初診は始まる30分前から並んで2時間まちという混みようでした。(初診以外ならweb予約ができて、院内では30分ほど待つだけで診察してもらえます)



診察室に入ったボロボロの私を見て先生は

先「おお、こりゃヒドいな、、、(笑)」
私「はぁ、どうも」
先「それで、どうやって治したい?」

お疲れのようで言葉は多少ぶっきらぼうでしたが、一目で私がステロイド薬以外で治したいことを理解してくれました。

どういう方法があるのか聞いて見たところ
・脱ステもまま食事や生活習慣を直すだけの方法
・食生活などと合わせて漢方薬を使う方法
・入院施設などを紹介してもらう方法
・諦めて薬を使う方法

私は「現状の食生活について」問題がないか確認してもらい、それまでは知らなかった「漢方薬」について伺いました。

初診が脱ステ3ヶ月くらいで夏の手前の時期だったのですが、夏の暑さで崩れやすい体調も、症状によって処方する漢方薬をうまく変えてくれたため、ほとんど問題なく乗り越えられました。

本当に助かりました。



|まとめ


肌を乾燥させることで、菌によるかゆみを抑えることができます。



肌を治すためには肉や野菜をしっかりとること。お菓子や甘いものなど、質の悪い油や糖質のとり過ぎを控えること。が大切です。

そのうえで、薬や脱ステなどの方法が効いてきます。



最後まで読んで下さいました方へ、
どうも有り難う御座います。
皆様の健康を心から祈っております。

とりあえず書こうと思っている内容
(すぐ思いついたものなので少し変わるかもしれません)

 ・自己紹介
 ・ビタミンCとお風呂
 ・薬(プロトピック)
 ・薬(ステロイド)
 ・保湿(ワセリン)
 ・保湿(保湿クリーム)
ー>保湿と乾燥、それぞれのメリットデメリット
 ・炎症、汗、体温、運動
 ・食事で意識すること
 ・腸内環境について
 ・その他アレルギーとアトピーとの関係
 ・肝臓(たんぱく質)
 ・ストレスとアトピー
 ・血流や体温


mitineco

2017年8月2日水曜日

子宮腺肉腫 奇妙な症状、試した治療 


ども、えこうさです。

最近ネットの調子が悪く、時々途切れてしまうことがあります。

スプラトゥーン2発売日から、なので、てっきりスプラトゥーンのせいで回線が遅くなっているのかなぁと思っていましたが、未だに遅いので、たまたまその日から問題が出てきたのかもしれません。

回線が遅くなった場合、考えられることとしては、モデムの不良・LANケーブルの抜けかけ・断線・ルータ(Wi-Fi 以降ルータのみで記載)の異常などなどが考えられます。
(端末の故障も考えられますが・・・。例えばスマホはWi-Fi経由で使えていて、pcだけが繋がらない場合は、使えない端末の故障が考えられます。)




どちらにしてもまずは、LANケーブルが抜けかかったりしていないかを確認のうえ、
①ルータの電源を切る。(ルーター側の電源コードを一旦抜く)
②モデムの電源を切る。(モデム側の電源コードを一旦抜く)
ちょっと待つ。3分程度。
③モデムの電源を挿し直す
ちょっと待つ。(起動に時間がかかる)やはり3分程度
④ルータの電源を挿し直す

これを試して、7〜8割は改善すると思われます。
(えこうさ、もともと通信なども取り扱っている会社におり、お客さんに上記内容の説明、散々していました。)

時々、電話をするのが苦手と言う方で、上記を試しても使えなかったり、途切れていたり、不便のまま使っている方もいらっしゃいますが、早めに連絡して対応してもらいましょう。もったいないです!!!

てな訳で。我が家も試してみてダメだったので電話たところ、BB ユニットを交換して、様子を見ることになりました。(配達まち)
今のところどれが原因なのかは不明のようです。(たまにあったなぁこういうお宅・・・。結局別のプロバイダに変更になった。)




さて、話は変わりまして、先日の続きです。

まぁ、ちょっと暗めな?話になってしまうのですが、こんな病気もあるんだなぁと知っていただければ幸いでございます。

先日も、書かせていただきましたが、えこうさは全く医学の知識はございません。
あくまでも母親に起こったこと。試したことを記載させていただきまます。

参考サイト

https://ameblo.jp/kyusan0225/entry-12237021449.html 
リンク先:産婦人科医 きゅーさんの伝えたいこと



腺肉腫の奇妙な症状


前回の記事でも記載させていただいておりますが、母親は9月に定期検診を受けています。その後3ヶ月の間で急に発病するのか。ということですが、この病気の特徴として、「腫瘍がものすごい勢いで急成長する。」と言う特徴があるらしい・・・。

なので、たったの3ヶ月の間で、お腹の中で急成長したかもしれず、9月の定期検診の際、見逃したんだ!!!!とは言い切れないのです。
(ただ、本当にあくまでも素人意見なのですが、9月に処方された『女性ホルモン』はこの病気に何らか、関わっているのではないか。という気がしています・・・。)


さて先日は、セカンドオピニオンで県立のがんセンターへ行ったと言うお話までさせていただきました。その後ですが、ただ何もしなかったと言うわけではなく、なんとかならないものか。と模索を続けておりました。
(なるべく塩分を抑え、抗酸化作用のある野菜、免疫力を高めるための生姜などを使った食事をし、お腹を温め・・・)

5月後半、親戚のおじさんから、もともと国立のがんセンターにいた医師が、今、とある診療所にいるので一度相談して見たら?と言うことで紹介してもらいました。



この医師のおかげで、医者不審になっていた母親は最終的に救われた・・・と言っても過言ではないと思います・・・

今までのデータを持って、その医師の診療所に行きました。
結果、今までの2つの病院の見解とは相違はありませんでしたが、万が一にもと言うことである治療法を試して見ては?と紹介されました。

現在は、取り扱いされている病院もあると思いますが・・・

高濃度ビタミンc治療

アメリカでは、すでに治療として使われているらしい?(セレブなどは、美容のためビタミんc点滴を行なっていたりするそうです。)
最近は日本でも取り扱っている病院もあるようですが、現在も治療としての認可は降りていないため、保険の適用外になるのでかなり高額。
(これについては・・・正確なことが言えないので、参考サイトは記載いたしません。あくまでもうちの母親の結果だけを記載させて頂きます。)

体に負担なくでき、自分自身の抵抗力?を一気に高めることによって、がん細胞と戦うというものらしい。(基本、本来の治療と追加で行う??)


藁にもすがりたかったので、お願いすることになりました。


それと、緩和ケア科のある病院を紹介していただきました。
緩和ケア科、現在はかなり増えてきていますが、6年前にはほとんどありませんでした。

緩和ケア
リンク先:厚生労働省

そこの病院で新しい産婦人科の主治医、緩和ケア科から在宅看護の専門の医師を紹介していただき、面談。
(在宅看護専門の先生を含め、すごくいい医師ばかりで、母親は最期までこの先生がたには感謝していました。逆に、大学病院のクソ医者には、最期まで恨みをいっていましたwww)


話は戻りまして、高濃度ビタミンc。
後日再度診療所を訪問し、点滴をしました。ちょっと、調子が良くなった気がする。と言っていた翌日!!!

なまなましい話ですが・・・トイレに入った母親が、「何かでた!!!!」とのこと。
なんと、腹のなかからこぼれ落ちた腫瘍が出てきたのです・・・
ビタミンcの効果でがん細胞が排出されたのでしょうか・・・・。
おかしな話ですが、翌日、落ち着いてから、その「奇妙な物体」を持って、産婦人科の主治医のところに行きました。

もしかしたら、全部でて、治ったりする奇跡か?!!!と私は奇跡を願っていたのですが、診察をしてみると、若干小さくなってはいるもののまだいくつか残っているとのこと。



えこうさ初めての入院、在宅看護の大変さ。



6月後半、ストレスからでしょうか、寝ている時から腹痛。
朝起きてからも、激しい腹痛。
トイレ痛という痛みではなく鈍痛、時間を置くごとに痛みがまし・・・仕事は休んだものの耐えられない状態に。
父親に近くの内科に連れて行ってもらいましたが、病院に着いて、待っている時に意識を失いベッドに運ばれ、採血、点滴。意識が戻ったところで診察。
白血球の数値が高く、右の横っ腹を押されるとものすごく痛いとうことから、大腸憩室炎の疑いがあるということで、総合病院に連絡を取ってもらい、すぐに移動。もう普通に立っていられない状態・・・。
そのまま入院となりました。
大腸憩室炎とは。大腸にくぼみができ、そのくぼみ自体は誰にでもできるものなのですが、そこが炎症してしまい起こる病気でした。
手術などはせず(ひどい場合は手術もあり)、食事は不可。抗生物質、栄養剤の点滴のみで、まるまる3日間。その後ちょっとずつ食事を戻して最後に、内視鏡検査。
結局1週間の入院になりました。


私が退院する前日に、母親が入院。
顔がパンパンにむくんでしまい、検査のため入院していました。

検査の結果・・・腫瘍が大きくなり、腎臓の一つが潰れてしまい、機能しなくなっていたことが原因でした。そのため、生きている方の腎臓に管を通し、そこから直接尿をだす処置をしまいした。
どちらにしてもその処置が済めば病院にはいられないので、その間に自宅看護用のベッドを手配。7月頭、自宅へベッド搬入。退院。

今までは、まだ母親も自力で歩くことができていましたが、管を通してしまっているため容易には歩けなくなりました。
病気がわかってから父親は仕事を辞めていましたが、なんだかんだで出かけることも多く、その際には私が仕事を休んで母親の近くにいました。
何か困ったことがあれば、在宅看護専門の医師が訪問してくれたり、看護師さんがベッドにいながらの洗髪してくれたり、本当に助かりましたが、やはり日に日に、痛い・・・苦しいという言葉が多くなっていきました。

痛み止めの飲み薬、はるタイプのモルヒネ(患者以外はシール部分に触れてはいけない)もいただきましたが、はじめの1時間ほどはきいているもののすぐに、効かなくなってしまい、夜も眠れない状態に。
私は仕事があったので、次の日が休みの日以外は自分の部屋で寝ていたのですが、付き添っていた父親はほとんど眠れていなかったそうです。

医療用のモルヒネでは幻覚はないと言われていますが・・・、ある日父親が買い物で外に出ている時に薬が切れたらしく、痛い!!と言い始め、父親はどこに行ったのか。すぐに連れ戻してくれと騒ぎ出してしまいました。一応、もう帰ってくると思うから。買い物言ってるだけだから。となだめたりしていましたが、急に、「難波の商人が来ている。」とわけのわからないことまで言い始めてしまい・・・。その時は正直、どうしていいかわからず、泣きそうになりました。
最期の方では、私のことも誰だかわからなくなってしまうことも・・・・。


7月30日この日はちゃんと意識がありました。もう普通の食事はできず、シェイクをとかしたような缶入りの栄養剤をストローで飲む程度しかできなくなっていましたが、朝から、高濃度ビタミンcの点滴をして少し元気が出たようで、「頑張らなきゃいけない!!ポカリスエットが飲みたい、アイスも食べたい」と言い、氷を入れたポカリやアイスをスプーンで食べさせてあげたことを覚えています。

しかし、その後、私は父親と喧嘩をして、外出。
夜、私が帰ってくると、おかえり。と母親が元気なく手を振ってました。


手を触ると、ものすごく冷たくなっていました。




その後は、ずっと、痛い。痛い。と繰り返し、尿を出す管には血が混じっていました。
深夜でしたが、医師に電話(いつでも何時でも嫌な顔せず、話を聞いていただけました。本当に医師には感謝です。)7月31日。朝、4時ごろ来ていただき、点滴をし落ち着いたので、父も私も力尽きて仮眠・・・

7時過ぎ。父の、「亡くなっちゃってる!!!」・・・という声で飛び起きました。

悲しい、寂しい・・と、もちろん思いましたが、少しホッとした。というのも事実でした。


このころのことは、今でも夢に見ることがあります・・・。
あれから早6年。あっというまでした。



子宮腺肉腫についてのまとめ

子宮肉腫自体、まれではあるが、腺肉腫はさらに症例が少ない。

症例が少ないだけあり、治療の確立ができていない。


結局のところ、・・・まとめられるほど情報がない。ってところでしょうか。




・・・・遺伝・・・、しないといいなと願うばかりです。




総まとめ


お医者さんは選びは、すごく大事。
ウデもそうですが、人柄が重要。

自宅看護、思っている以上に甘くないです・・・
もし、自宅看護をされる場合、本当に信用できるお医者さんを見つけてください。

高濃度ビタミンc、うちの母には効いていたようです。本来は、治療に追加してになるようです。高額ですが、試す価値はある・・・のかもしれません。














2017年8月1日火曜日

日本のお盆には不思議なことがいっぱい?



こんにちは。
mitinecoです。

暑さも真っ盛りの8月になりましたね。

8月といえば、夏祭りの他に「お盆」があります。

私は年に数回だけ実家に帰省するのですが、欠かさず帰るのはお正月とお盆です。

一年の初めと真ん中に帰って、無事にやっていることを家族やご先祖様、神様に報告しています(笑)



このお盆は8月の真ん中くらいにありますが、本来お盆は8月のはじめからということを知っていますか?

今回は、お盆について少し書いていこうかと思います。



|お盆の行事の由来について


意外と知られていないことは、お盆ってどういう行事なのか?ということですね。

お盆は仏教の行事で、インドの盂蘭盆会が元になっているものです。

盂蘭盆会の教えでは、とある修行僧がご先祖様が地獄で苦しんでいる夢をみてお釈迦様に相談したところ「皆に食事をふるまったり、良い行いをして過ごすと、ご先祖様は極楽浄土へ行くことができる」と教えられます。

この食事をふるまった日がお盆のお祭りの日です。そして、この教えを忘れないために、毎年繰り返しているわけです。

そして、インドでの盆踊りは「ご先祖様が地獄から極楽浄土へと旅立てる喜び」を表しています。



ご先祖様が罪を償っていた地獄の釜ですが、お盆のはじまりにあたる8月1日にはこの釜の蓋が開くといわれています。

そして15日前後にお祭りをしたのち、24日に再び地獄の釜は閉じられてしまうのです。

日本のお盆ではこれに合わせて、10日くらいに迎え盆、20日くらいに送り盆をします。さらにその前に、ご先祖様の送り迎えをするナスやキュウリの馬を飾るなどの準備があります。

お盆祭りのときには花火を打ち上げたりして「おかげさまで元気に暮らしていますよ」と、ご先祖様に感謝を伝えたりもします。



|日本のお盆祭りの不思議について


ここまではワリと有名なのですが、日本の盆踊りにはもう一つ意味があります。

祖先の霊とともにやってきて悪さをする悪霊にとり憑かれないため、追い払うため、といった意味合いもあるようです。

女性が三日月笠を深くかぶって顔を隠して踊ったり、ヒョットコや狐のお面で顔を隠すのです。

喜びを表現するインドの盆踊りとはだいぶ違いますよね。

子供の頃に不思議だったのですが、これについては誰からも教えてもらったことはないですね。



私の予想ですが、もともと日本にあった神様を祀るための収穫祭のお祭りが、元になっているのかもしれませんね。

収穫祭では、他の民族や野生の動物が食べ物を目当てにやってくるため、女性や子供は恐ろしい変装をするところが数多くあります。

ケルト人のハロウィンでも、子供が魔女やお化けの変装をしています。

先祖供養の平和な行事とは違うため、子供の頃の私は、日本の盆踊りに疑問を抱いたのでしょう。



|まとめ


お盆は8月をまるまる使う祖先を供養するための行事です。

日本ではお祭りで盛り上がるのはご法度のような感じがありますが、祖先の喜びを表現するように、楽しく過ごすのも良いですね。

もちろん浮かれすぎてマナー違反や喧嘩をするのはご法度ですが。。。



最後まで読んで下さいました方へ、
どうも有り難う御座います。

mitineco